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神戸簡易裁判所 昭和48年(ハ)562号 判決

原告 山下喬こと 山下高司

右訴訟代理人弁護士 高木茂

右訴訟復代理人弁護士 高谷一生

被告 和泉智弘

右訴訟代理人 和泉春吉

主文

一  原告が、別紙目録第三記載の宅地を要役地とし、同目録第二記載の土地を承役地とする通行地役権を有することを確認する。

二  被告は、別紙目録第二記載の土地上に、原告が設備したビニール製排水管による下水設備の使用を妨害してはならない。

三  被告は、原告が別紙目録第三記載の宅地から八・八m東方の神戸市道の地中に埋設されてある公共下水道に排水管を連結するための排水管を別紙目録第二記載の地中に設備することを妨害してはならない。

四  被告は、原告が別紙目録第三記載の宅地から八・八m東方の神戸市道の地中に埋設されてある上水道・都市ガスの各基幹管から、上水道・都市ガスを導入するための導入管を、各別紙目録第二記載の地中に設備することを妨害してはならない。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙目録第一記載の宅地(以下三の宅地という)と同第三記載の宅地(以下四の宅地という)とは、もと被告の所有する一筆の土地(以下旧三の宅地という)であった。

2  被告は、昭和二七年一二月旧三の宅地から四の宅地を分割して(但し分筆登記は昭和二九年六月)これを宅地として訴外西口長男(以下西口という)に分譲し、西口は四の宅地上に別紙目録第四記載の建物(以下本建物という)を新築して暫時居住していた。

3  西口は、昭和二八年一〇月被告承認のもとに、四の宅地と本建物を訴外門田美幸(以下門田という)に譲渡した。但し、四の宅地の所有権移転登記は昭和二九年七月被告から門田の妻喜美代へ中間省略登記により移転登記手続がとられた。

4  原告は、昭和三四年二月被告承認のもとに、門田から四の宅地を本建物とともに月賦にて買受け、直ちに移り住んだが、代金支払未済のため、その所有権移転登記手続は昭和三七年一一月になされた。

5  旧三の宅地は、別紙目録添付図面のとおり東側において神戸市道(以下市道という)に面するほか、公道に面する部分はないのにかかわらず、被告は南北に分割して、市道に面する部分を三の宅地として自己の手許に残し、分割した四の宅地は、四方公道に面しないいわゆる袋地としてこれを西口に宅地として分譲したのであって、四の宅地の袋地は、被告自ら故意に作り出したのである。

6  門田は、西口から右3のとおり転売を受くるに際し、西口とともに被告方に赴き、被告の親権者にして法定代理人である和泉春吉(以下春吉という)との間に、四の宅地を要役地とし、三の宅地の南端部分別紙目録第二の土地(以下本件土地という)を承役地として、無償・無期限の通行地役権を設定して、市道に到るまでの間の通行路を開設したのである。その幅員については、建築基準法四三条の趣旨から当然二mについて設定されたものと解すべきである。

7  原告は、門田から右4のとおり転売を受くるに際し、被告の承認を得ているので、四の宅地の特定承継人として、門田が設定取得していた前記6の通行地役権の移転を受け、これを取得したのである。

8  右通行地役権の内容は、近代都市における住宅用地として利用する目的のもとにおける設定であるから、名目は通行地役権であっても、その内容は単なる通行権のみに止まらず、下水排水設備又は公共下水道に連結するための設備(以下下水排水設備という)、市道に埋設せられている上水道・ガスの基幹管からの導入管設備(以下上水道・ガス導入設備という)の権利をも当然含まれているものと解する。

9  ところで、原告は従来下水の処理は、宅地内に穴を掘りこれに流し込み自然吸収を待つという非衛生的・原始的方法を採用していたが、これを改め、通行地役権の存する本件土地上に排水管を敷き、市道側溝に流し込む方法を採用せんとしたところ、被告は右設備承認料として金五万円を支払うよう要求したので、原告は、やむを得ず右要求を承諾し、昭和四四年一一月一六日に昭和四四年一一月から昭和四五年八月までに毎月金五、〇〇〇円宛合計金五万円を支払う契約をなし、その頃漸く、本件土地上に排水用ビニール管二本を設備して、市道側溝に流し込むよう改善することができた。

10  原告は右契約の趣旨に則り金五万円の支払債務を完済したので、右7の通行地役権とは別に、四の宅地を要役地として本件土地を承役地とした、あらたな、下水排水設備を目的とする有償・無期限の地役権設定契約を締結したことになる。また右設定契約の内容は、右8の趣旨から単に排水設備のみに止らず、上水道・ガス導入設備をも含むものと解すべきである。

11  しかるに、それから三か年後の昭和四八年六月、被告は突如として、右9の原告が設備した下水排水用ビニール管は、三の宅地の所有権の侵害であるとして撤去を求め、応じなければ任意撤去する旨を通告してきたので、原告はやむを得ず、下水排水設備保全のため神戸簡易裁判所に仮処分命令(当庁昭和四八年(ト)第一七五号)を申請したところ、同裁判所は、右申請を認容して同排水管の破壊撤去その他の方法による使用妨害禁止の仮処分決定があり、右決定により前記下水排水設備を保全している実状である。

12  予備的主張

(一) 仮りに、右7・8の無償通行地役権の設定・取得及び右9・10の有償排水設備地役権の設定・取得が認められない場合には、民法二一三条により本件土地上に法定通行権の存在を主張する。なお、右法定通行権には下水排水設備、上水道・ガス導入設備をも含むものと解すべきことについては、右8において主張したとおりである。

(二) 仮りに右法定通行権中に下水排水設備、上水道・ガス導入設備が含まれないと解される場合には、四の宅地の袋地は、被告が任意分割故意に袋地を作り出し、これを宅地として分譲したのである。今日の都市生活には下水排水設備は防疫・防災上、また上水道・ガス導入設備は文化生活維持上必要不可欠であることはいうまでもないので、被告は原告に対し、右設備を認容する義務がある。若し、被告が所有権を主張してこれを否定せんとすれば、それは所有権の濫用として許されないところである。

13  なお、原告が請求趣旨二の現在給付の訴のほか、三・四の将来給付の訴を提起したゆえんは、市道には下水道・上水道・都市ガスの基幹管が埋設せられているので、下水については、現在の本件土地の地表に設備した排水管による市道側溝流し込み式を改め、地中に排水管を埋設して市道の公共下水道に連結し、また、上水道・ガスについては、市道基幹管から導入管の引込みを申請し、もっておくればせながら生活様式の一般市民並み改善を企図しているので、これらの設備の妨害排除を併せて請求する。

二  請求原因に対する認否

1  1ないし3及び5は認める。

2  4は門田・原告間の売買には、事前に月賦売買であることは原告から聞いていたが、その売買について承認をしたわけではない。

3  6・7・8は否認。

但し門田に対する通行路は、三の宅地の南端において市道に至るまで、人が通行できる巾三尺程度において認めていたものであるから、それは単なる通行路を認めていたのであって、決して通行地役権を明示的ないしは黙示的に設定したものではない。

4  9は否認。

但し原告は被告に対し、金五万円を月賦にて支払う契約をしながら、金四万五、〇〇〇円を履行したのみである。右金五万円支払契約の原因は、原告の主張するがごとく下水排水設備承認料ではなく、排水設備とは全く関係のない門田・被告間の民事訴訟に被告が多額の訴訟費用を費したので、その費用の一部金五万円を四の宅地の譲受転得者である原告が負担する契約が成立したのである。

なお原告が、右金員支払時期に下水の排水設備をした場所は、本件土地上ではなく、本件土地に南接する本岡長三郎(以下本岡という)の宅地上に設備していたものである。

5  10は否認。

6  11は否認。

請求原因9の認否・主張(前記5)において述べたとおり、原告の排水設備は本岡方宅地内に設備していたところ、本岡が三の宅地との境界上にブロック塀を構築することになり、本岡から撤去を求められた原告は、右排水設備を不法にも隣接の本件土地上に移動させたので、被告は原告主張のとおり所有権の侵害として撤去を求めたに過ぎない。

7  12は否認。

8  13は不知(抗弁参照)

三  抗弁

1  被告が原告に対し認めていた通行路は、昭和三九年二月一〇日限り次の理由により合意解約したので、原告の右通行権は同日限り消滅し、同通行路は閉鎖された。

(一) 原告に認めていた通行路上に被告の車庫を作る必要が生じたこと。

(二) 右通路に南接した本岡所有の宅地の北端において、市道に至るまで、巾三尺の空地があった。

(三) そこで、前記日時に原告・被告及び本岡の三者が協議した結果、原告・被告間の通行権を廃止して、同通行路を閉鎖する。その肩代りとして、原告・本岡間に右(二)の本岡所有の宅地内の巾三尺長さ市道に至るまでの間を承役地として、通行を目的とした無償の通行地役権を設定することに決定したのである。

2  よって、若し原告が下水排水設備、上水道・ガスの導入設備を必要とするならば、右3の本岡所有の承役地に対して原告が有する通行地役権を利用すべきが順当であって、一旦消滅閉鎖した被告所有の三の宅地上の通行路を復活利用しなければならない理由は存しない。

四  抗弁に対する認否と反論

否認。

原告・被告間における本件土地上の通行路に関する契約を合意解約した事実はない。また、原告・本岡間に南接する本岡の所有地を承役地として通行地役権設定その他の通行路の開設について契約した事実はない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因中1ないし3及び5については、当事者間に争がない。

二  争点を整理すると、次の九点となる。

点 門田が四の宅地を西口から譲り受けた際、被告・門田間に取り決められた通行権の内容、併せて、右譲渡前の被告・西口間に取り決められていた通行権の内容。

点 原告が四の宅地を門田から譲り受ける際、被告は右譲り受けを承認したか、その際、原告が取得した通行権は、通行地役権か囲繞地通行権(以下法定通行権という)か。

点  点認定の通行路の幅員は、三尺か二mか。

点 原告は下水排水設備承認料として、被告に金五万円を支払ったか。

点 四の宅地は、三の宅地を囲繞地とした民法二一三条の囲繞地通行権を伴う袋地か。

点  点認定の通行地役権(又は法定通行権)中には、下水排水設備、上水道・ガス導入設備の権利を含むか。

点  点認定の通行地役権の通行路開設(下水排水、上水道・ガス導入設備を含む)による損害補償の要否。

点  点認定の通行地役権は、承役地に南接する本岡の所有地に肩代り移転する三者契約を締結し、本通行地役権は消滅したか(抗弁)。

点 請求趣旨三・四の将来給付の請求は、予め、その請求をなすにつき必要があるか(職権調査事項)

三  争点について判断する。

1  ≪証拠省略≫によると

(一)  門田は、西口から譲り受けるに際し、西口に伴われて被告方に赴き、被告の法定代理人にして親権者である被告の父親和泉春吉(以下春吉という)に対し、本件土地を通行させてもらうので、通行地を売却してもらうか、賃借権を設定してほしい旨申入れると、春吉は、通行権があるのだから通行すればよいと答えて、被告は西口が三の宅地に対する通行権の附着した四の宅地を門田に転売することを承認し、かつ、西口が取得していた通行権と同じ内容の通行権を門田が承継することを認めたこと。

(二)  西口が通行していた通行路は、三の宅地の南端において市道に到るまでの間八・八mであって、通行路と、被告宅地との境には被告が花壇を作り、或は石を並べて通行路は明認できるようにしていたこと。その通行路の幅員は約一・八mであったこと。

などの事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫

2  そうすると、通行路についてあらたに被告・門田間に具体的な契約を締結したのではなく、西口が取得していた通行権と同じ内容の通行権を門田が承継したことになるのであるから、被告・西口間にいかなる通行権が設定されていたか、その内容を審究確認する必要が生ずる。この点については、原告・被告のいづれからも主張・立証がないので一般の法則に従い認定しなければならないことになる。(四の宅地は点認定のとおり民法二一三条の法定通行権の適用を受ける袋地であるから、当事者から主張・立証がないという理由で、被告・西口間に通行路開設の契約がなかったと認定することは許されないのである。)

(一)  およそ、土地の所有者が一方面のみ公道に関する一筆の土地を二筆に分割して、公道に面する土地を手許に残し、袋地となった土地を宅地として分譲し、分譲地のため公道に至る通行路を設けた場合には、他に特別の事情のない限り分譲者は分譲の際、被分譲者との間に分譲地を要役地として、通路地を承役地とする無償・無期限の通行地役権設定契約を黙示的に締結したものと解する。

(二)  また、被分譲者が分譲地を転売し、転売について所有権移転登記手続未済の理由にて、分譲者に対抗し得ない場合においても、分譲者が転売を承認した場合には、特別の事情のない限り承認の際、分譲者は被分譲者との間に設定した通行地役権設定契約を転得者が承継することを承認したものと解するのが相当である。

(三)  元来、通行地役権は民法二一〇条の法定通行権と同じく、土地所有者間の法律関係を規律すべく制定されたものであって、一定の目的のため他人の土地を自己の便益に供する権利であるから、要役地の所有権と結合して要役地の所有権の従として、これとともに移転し、これより分離することはできないのである(民法二八〇条・二八一条)。従って、要役地の所有権とともに通行地役権を譲り受けた場合には、転得者が所有権移転登記手続をなし、右移転を承役地の所有者に対抗し得るときは、地役権の移転はこれを承役地の所有者に対抗し得るのであるから、右のごとく解しても決して不都合はないのである。

(四)  これを本件についてみるに

(1) 東方の一方面のみ市道に面した旧三の宅地を、被告は故意に南北に分割して、市道に面する三の宅地を自己の手許に残し、袋地となった四の宅地を昭和二七年に西口に分譲し(但し、分筆手続がおくれ、昭和二九年六月に分筆したことは争がない)西口は昭和二八年一〇月前説示1・2について認定した事実のもとにおいて門田に転売し、その所有権移転登記手続は、昭和二九年七月に被告から直接門田へと中間省略登記により登記されたのである。

(2) してみると、被告・西口間の通行路についての契約内容は、単なる法定通行権ではなく、無償・無期限の黙示的通行地役権の設定契約が締結されていたものと認定するのが相当である。

3  西口・被告間の通行路の範囲については、既に右1・(二)において認定したとおり、市道に至るまで八・八m、その幅員は約一・八mの範囲において花壇又は小石をもって境され、明認される状態であったというのであるから、右の範囲が承役地ということになる。よって門田が承継した承役地の範囲も、右認定の範囲であるということになる。

4  被告は門田に対し、前説示1・(一)・(二)のとおり、三の宅地の南端を承役地とする通行地役権設定付の四の宅地の譲り受けを承認し、かつ、西口との間に設定されていた通行権と同じ内容の通行権を門田が承継することを承認しているので、その時点において、門田は前説示2・(四)・(2)認定の西口が取得していた四の宅地を要役地とし、三の宅地の南端を承役地とする無償・無期限の通行地役権を承継取得したものといわなければならない。

原告はこの点について、門田・被告間に通行地役権設定契約が新たに締結された旨主張するも、その主張内容は弁論の全趣旨からみて、西口の設定した通行地役権を要役地の所有権とともに譲り受け、もって通行地役権を承継取得したとの主張をも包含しているものと善解する。

1  ≪証拠省略≫を総合すると

(一)  門田・原告間の四の宅地の売買は、三の宅地の南端を承役地とする通行地役権付売買であったこと

(二)  右売買は、月賦返済による売買のため、所有権移転登記手続がおくれる関係上、原告から予め被告にその諒解承認を求めるため、被告方を訪問し春吉に対し、門田との売買が月賦売買であることを告げ、よろしくお願いする旨挨拶したところ春吉もよろしく願いますと挨拶を返したこと、その際、春吉から通行路については格別何らの意思表示はなかったこと

(三)  右の事情から原告は、被告が月賦売買について諒解し、かつ通行権については、門田が有した権利を、そのまま原告が引継ぐことを承認したものと諒解していたこと。

(四)  通行路の幅員については、門田から、被告との間に争がおき、門田の方から訴訟をおこし、一・二審とも門田主張のとおり幅員一・八五mとか二mとかが認められたため、被告は境界を引き込めて、その境界に新たに板塀を作って明確にしてあるから問題はおきないと聞いており、又通行路の現状も門田のいうとおり幅員約二m位にして、高さ一・八mの板塀が作られ明確になっていたので、安心していたため、挨拶に赴いた際、特に確認はしなかったこと。

などの事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫

2  そうすると、門田・原告間の所有権移転登記が代金完済まで持ち越されるので、それまで、門田から原告への通行地役権の承継は、被告には対抗できない虞れはあるが、被告は月賦売買について予め承認しているので、その承認の時点において、門田の有していた通行地役権は、要役地の所有権の承継者である原告が承継することを承認したものと解するのが相当である。

3  よって、被告・原告間の通行権の内容は、法定通行権ではなく、点認定の門田が西口から承継取得した通行地役権と同じ内容の無償・無期限の通行地役権を門田から承継取得したものと認定する。

点・点にて認定した通行地役権の承役地の範囲は、長さは市道に至るまで八、八m(この距離については、被告は明かに争わないので、これを自白したものとみなす)、幅員は約一、八mないし二mであったということになる。二mか一、八mか何れとも確認する証拠はないが、このような事情の下において設定されていた幅員については、設定目的による諸般の事情を合目的的に解釈して認定すべきところ、一般車輛の通行には二m程度を必要とすること、建築基準法四三条一項は、建物の敷地が道路に二m以上接近することを要求していること、従って、通路巾が二m未満であると建築確認が得られず、家屋を建てることができなくなる。等を総合考覈するとき、被告は、旧三の宅地から四の宅地を分筆して、この袋地を宅地として西口に売却するに際しては、袋地には、三の宅地内に巾二mの通行路が必要であることは当然予期していたものといわなければならない。(なおこの点については後説示点2を参照)よって、本件通行路の幅員については、当初の西口の時代から二mの範囲において設定されていたと認定するのが相当である。

1  先ず、原告の被告に対する債務金五万円が完済されたかの点については、甲九号証の二の最終受領証「八月一七日、金五、〇〇〇円、和泉」の文言記載は、原告供述一・二回によると、春吉が金五、〇〇〇円を受取った際記載したものと認定できるので、原告は被告に対し、金五万円を完済したものと認定する。≪証拠判断省略≫

2  次に、右金五万円の債権・債務の発生原因については、原告は、本件土地上にビニール製下水排水パイプを市道側溝まで設備する承認料であったと主張し、被告は、門田・被告間の民事訴訟において被告が費した費用の一部を、原告が負担する趣旨であったと主張する。なお、被告は原告の排水管設備場所は、南接隣地本岡所有宅地内であるから、金五万円の支払いと排水管設備とは全く関連があり得ないとする。しかし原告供述一・三回によると門田・被告間の訴訟は一・二審とも被告が敗訴していることが認められるので、敗訴している被告の訴訟費用の一部を何故勝訴者門田の特定承継人(訴訟承継ではなく四の宅地の譲受人)である原告が負担しなければならないのか、主張自体首肯するに足りる筋道を欠ぎ合理性がない。又≪証拠省略≫によると、本排水管を設備した場所は本岡宅地内ではなく、本件土地の南端であることを認めることができる。

以上各認定の事実を総合すると、金五万円の債権・債務発生原因は、原告が本件土地(通行路)の南端に排水管を設備する申出をなし、被告がこの設備に対する本件土地の受けることある損害の補償を要求し、原告は右要求を承諾した結果発生したものと認定するのが相当である。≪証拠判断省略≫

3  そうすると、昭和四四年一一月原告・被告間に本件土地を承役地として、下水を市道側溝まで排水する排水管の設備を目的とした有償・無期限の地役権設定契約を締結したものと認定するのが相当である。そうして右排水設備地役権中には後出点1ないし4における説示と同じ趣旨により、当然上水道・ガス導入設備の権利をも含むと解すべきである。

争がない請求原因1・2・5の趣旨から、四の宅地は、三の宅地を囲繞地とした民法二一三条の法定通行権の適用を受ける袋地であることは、説明を待つまでもなく明かである。

1  本件通行地役権の要役地は、点説示のとおり囲繞地に対し、法定通行権を有する袋地に該当し、承役地は囲繞地の一部に該当するのである。只、当事者間に合意をもって、通行路を明確にすべく、通行地役権を設定したのであるから、以下法定通行権についての説示は、本件通行地役権にそのまま適用されるのである。

2  現代都市生活には下水排水設備、水道、ガス導入施設は、必要不可欠であるにかかわらず、民法はこれらの権利については何らの規定を置いていない。何人といえども健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有することは憲法二五条の保証するところである。ところで、極めて近距離にある市道に公共下水道、上水道・ガスの基幹管が埋設されているにかかわらず袋地を取りまく囲繞地の地主の同意がなければ、排水設備、導入設備ができないとすれば、それは最低限度の健康で文化的な生活が否定されるのと変りはない。とすれば、民法に規定がないとの理由のみで放任することは由々しき人権の侵害であり、憲法違反ともいえるので、これらの設備については、袋地利用を確保するため規定せられた法定通行権を認めた民法二一〇条ないし二一三条の規定を類推解釈すべきであると考える。

3  もっとも、下水道については、下水道法一一条に「他人の土地または排水設備を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地に排水設備を設置しまたは他人の排水設備を使用し得る」旨の規定が存するが、ガス・上水道の導入についてはかかる規定も存しない。しかし、前説示のとおり袋地法定通行権の規定を類推し、更に下水道法一一条をも類推してその導入を当然に認めるべきである。

4  これを要するに袋地利用者は、法定通路の地上・地下に下水の排水設備をなし、市道の側溝に流入または公共下水道に結合流入させ得ることについては、下水道法一一条の規定から法定通路の地主の承諾は必要としないものと考える。

また、上水道・ガスの導入設備については、同条を類推解釈し、更に民法の法定通行権の規定をも類推解釈し、下水排水設備と全く同様に法定通路の地上・地下に地主の承諾なくして、市当局又はガス会社に導入設備を要求し得るものと解する。またこれに対し市当局、ガス会社は地主の承諾がなくとも袋地利用者の要求に応じて供給しなければならないものと考える。

1  法定通行権と補償の要否

民法は法定通行権については、二一二条において原則的に損害の補償を要するものとし、二一三条に特則をおいて補償を要しない場合を規定したので、明快に解決をみている。

2 点認定の本件通行地役権は、民法二一三条の特則に該当する通行権であることについては点認定のとおりであるが、下水排水設備、上水道・ガス導入設備の補償要否に関連があるので、民法が本条の特則をおいた趣旨にふれておく、任意分割によって袋地を生ぜしめたことは、分割所有者の故意・過失によるものであって、自らの故意・過失により袋地を作り出して隣接地に迷惑をかけてはならないとの趣旨からである。つまり、この場合は一筆になっていた土地の範囲でしか通行を求めることはできないのであって、この場合は通行について損害があっても償金を支払う必要はないというのである。その理由とするところは、分筆譲渡するに際し、袋地利用者は当然囲繞する部分の土地を通行することは法律により定まっているので、分筆譲渡をなすに当り当事者は必ずこれを予期して分割部分を定め、又は法定通行権に着眼しているものとみなさざるを得ないので、囲繞地の所有者は、この権利のために特に損害を受けることはない。換言すれば、実質的には一括払いの形で償金は代価に織り込みて支払い、支払いを受けているので、後にこれを支払う必要はないという趣旨である。

これは、人的関係においてのことであるから、囲繞地の所有者に変更があった場合には、この論旨はそのまま適用されるとは限らないであろうが、権利者である袋地の所有者の変更承継の場合には、前示の論法はそのまま適用されてしかるべきである。

3  本件土地の承役地利用の通行地役権については、勿論民法二一三条の特則の適用を受けて右2説示のとおり償金を支払う必要はないのである。

4  只問題は、下水排水設備、上水道・ガス導入設備により囲繞地地主に損害を与えた場合は袋地利用者は、その損害を補償しなければならないかの問題である。

通行権は、何らの設備なしに通行を受忍するものであるが、右排水・導入設備は半ば恒久的施設が設備され、かつ、将来にわたり保守・保管のため、通行路の土地の所有権が制限されることになる以上、地主に損失を与えるものと解すべきである。そうすると原則的には損失補償を要すべきであることは異論をみない。このことは下水道法一一条の趣旨からも肯かれる。

5  これを本件通行地役権についてみるに、既に認定したとおり、四の宅地の袋地は、被告が故意に作り出したこと、その袋地を宅地として西口に分譲、西口が本建物を新築した際、被告・西口間に通行地役権を設定した後、西口は右宅地・建物を門田に転売、門田は更に原告に転売、被告はその分譲地の所有権が転売される度に、その転売を承認して、本件土地を承役地として通行地役権設定契約の承継を承認してきたこと、本件関係宅地は、神戸市の中心地に近い灘区内であること等を総合すると、被告は、当初西口に住宅建築の目的をもって分譲したのであるから、前記2の趣旨から下水排水設備、上水道・ガス導入設備を必要とするであろうことは当然予期されていたものと推認すべきであるから、民法二一三条一項を類推解釈して支障なきものと解するので、原告は通行地役権同様その損害について償金を支払う要はないものと解する。

6  なお、本件通行地役権の場合には、点認定のとおり、右通行地役権とは別に下水排水設備を目的として有償・無期限の地役権が設定されていること、右地役権中には、上水道・ガス導入設備を目的とする地役権をも包含しているものと解するのが相当であるから仮に償金支払いの必要があるとしても、既に認定のとおり金五万円を支払い済みであるから、二重払いの必要はないものといわなければならない。

点(抗弁)

被告は、原告の通行権は、原告・被告と南接隣地所有者本岡と三者協議のうえこれを廃止し、その肩代りとして本岡の土地について幅員三尺を承役地として、無償の通行地役権が設定されたと主張する。しかし≪証拠省略≫によると、三者会合が催された事実も認められない。のみならず従来の通行路を廃止してその肩代りとして本岡所有地に新たに通行地役権が設定される話し合いが持たれた事実さえこれを認めることはできない。≪証拠判断省略≫なお民法二一三条の適用を受ける囲繞地通行権者は、分譲者の被分譲地のみを通行することができると同時に分譲者はその通行を拒否することはできないのである。元来囲繞地通行権は単なる相隣関係者の合意だけで廃棄することは、公的見地から許されないと解するので、仮に被告主張のごとく三者の間に、従来の被分譲囲繞地上に存する通行権を解約して、肩代り的に隣地本岡所有の宅地上に通行路を開設する契約が成立したとしても、それは前説示のとおり強行法規違反となり無効であるから、被告は本件土地上の通行権の消滅を主張して、同通行路の閉鎖を強行することは許されない。よって、本抗弁は排斥を免れない。

点(職権調査事項)

被告は、抗弁において抗争するとおり、原告の本件土地上に有した通行権は、被告との間における合意契約を原因として昭和三九年二月一〇日限り消滅し、同通路は閉鎖したと主張し、原告が下水排水設備、上水道・ガス導入施設を必要とすれば、それは、抗弁において主張のとおり三者契約により肩代り設定された本岡所有地の巾三尺の市道に至るまでの承役地に施設すべきであると、自己が故意に作り出した袋地の責任を、善良な隣人の本岡に転稼を試みるがごとき、理不尽にして荒唐無稽な独自の論法を強行せんとしていることは弁論の全趣旨から窺われるので、原告が本通行地役権、排水地役権にもとづき承役地の本件土地に下水排水管を地中に埋設して公共下水道に連結を企図し、又上水道・ガス導入設備を企図すれば、その設備行為を妨げる所為に出る蓋然性は高度であると考えられるので、本訴は、民事訴訟法二二六条の将来給付の必要性を充足するものと認定する。

四  結論

以上各認定の事実から、原告の本訴請求はすべて正当として認容できる。よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 十河清行)

〈以下省略〉

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